ボギー大佐マーチ(クワイ河マーチ)
Colonel Bogey March

世界の行進曲・愛国歌/イギリス

タイ西部カンチャナブリ(カーンチャナブリー)を流れるメークローン川(メクロン川)。第二次世界大戦中、ここに泰緬鉄道の鉄橋がかけられ、その建設に至る経緯は映画「戦場にかける橋 The Bridge on The River KWAI」で英米側の視点から描かれた。

[写真:映画「戦場にかける橋」舞台となったタイのクウェー川鉄橋]

同映画のヒットにより、橋が架けられた地点を含むメクロン川上流部分はクウェー・ヤイ(大クワイ川)と1960年頃に改称された。クワイ川鉄橋は現在観光地として定番の名所となっており、列車が通る時を除けば、旅行客が自由に徒歩で橋の上を歩くことができる。

映画のテーマソングも有名に

映画「戦場にかける橋 The Bridge on The River KWAI」は、1957年に公開された英米合作映画。ストーリーの舞台は、1943年のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所。日本軍の捕虜となり、泰緬鉄道の鉄橋を建設するイギリス軍兵士らが描かれる。

同作のテーマソングは、今日の日本でもよく知られている『クワイ河マーチ The River Kwai March』。原曲は、イギリス軍楽隊のケネス・ジョゼフ・アルフォードが1914年に作曲した行進曲『ボギー大佐 Colonel Bogey March』。

替え歌「サル、ゴリラ、チンパンジー」のルーツは?

『クワイ河マーチ The River Kwai March』は、日本の子供たちの間では、替え歌「サル、ゴリラ、チンパンジー」として他愛のない歌詞がつけられ遊び歌として歌われることがある。

なぜこのような歌詞の替え歌となったのか、その理由については定かではないが、わずかな可能性の一つとして、映画「戦場にかける橋」の原作者であるピエール・ブールの「あの作品」を連想せずにはいられない。

ピエール・ブール原作「猿の惑星」

フランスの小説家ピエール・ブール(Pierre-François-Marie-Louis Boulle/1912-1994)は、小説「戦場にかける橋」のほか、SF小説「猿の惑星」の作者としても有名。

「猿の惑星 Planet of the Apes」は、1968年にアメリカで映画化され、文明を持ったサルやゴリラ、チンパンジーなどが特殊メイクで演出され、日本でも大きな反響を呼んだ。

後述するが、ブールはビルマで日本人捕虜となった経験があり、かつて西欧人が支配していたアジア人(サル)から逆に奴隷的扱いを受けるという逆転的立場から、「猿の惑星」のインスピレーションが生まれたとも言われている。

「猿の惑星」と替え歌の関係は?

映画「戦場にかける橋」が公開されたのは1957年、映画「猿の惑星」は1968年、その間10年以上の開きがあるが、替え歌「サル、ゴリラ、チンパンジー」はその間に既に生まれていたのか、映画「猿の惑星」の後に生まれたのかについては、残念ながら確かな資料は確認できていない。

ただ、仮に「戦場にかける橋」、「猿の惑星」と替え歌のルーツがまったく関係がなかったとしても、これらが原作者ピエール・ブールつながりで、ある程度もっともらしい説明ができてしまうことは非常に興味深い偶然の一致と言えるのではないだろうか?

では最後に、原作者ピエール・ブールについて補足説明をするとともに、映画「戦場にかける橋」、「猿の惑星」を鑑賞する際に留意すべき点について簡単に触れ、本ページを締めくくりたい。

ビルマで日本軍捕虜となったブール

「戦場にかける橋」、「猿の惑星」の原作者ピエール・ブールは、フランスのアヴィニヨン生まれ。20代にエンジニアとなり、当時イギリスの植民地だったマレー半島でゴム園の監督者として働いていた。

1939年、27歳のピエール・ブールはフランス領インドシナでフランス軍に徴兵された。右挿絵のフランス国旗部分が仏領インドシナ。黄色がタイ王国(シャム)、タイの西側がビルマ(ミャンマー)。

後にナチス・ドイツによってフランスが占領されると、フランスの植民地インドシナ政府も親独派となったため、ブールはシンガポールに逃れ、ドイツとの抗戦を訴える自由フランス軍に加わった。

ブールは自由フランス軍の諜報部員として中国やビルマ・仏領インドシナなどに潜入し、次々とアジア植民地を解放する日本軍への抵抗活動を続けたが、1943年に日本軍の捕虜となった。

アジア人の捕虜となった屈辱を小説に

終戦後、ピエール・ブールはパリに戻り、日本軍捕虜となった経験を元に日誌や小説の執筆を開始。「戦場にかける橋」、「猿の惑星」などのヒット作が生まれた。

「猿の惑星」については、一見戦争と無関係のようにも見えるが、一説によれば、かつて植民地でアジア人を奴隷的に支配していた西欧人が、今度は逆にアジア人(日本軍)の捕虜となり強制労働させられるという立場の逆転が、この作品が生まれる大きなインスピレーションとなったとも考えられるという。

印象操作・プロパガンダ的な側面も

ここで注意が必要なのは、ピエール・ブールの小説(原作)が映画化される際、映画の脚本化によって大きく脚色や改変がなされているという点だ。

原作では、ブールがアジア人に対して抱く逆恨み・差別的意識が反映された設定や描写があっても、映画の脚本では原作と異なる演出がなされているため(特に「猿の惑星」)、映画だけを見て、ピエール・ブールの差別意識・隠れた意図の有無を判断するのは大きな誤りとなろう。

実際、小説「戦場にかける橋」が映画化される際、映画の脚本上、イギリス軍士官と日本軍士官の信頼関係が美しく描写されるなど、ピエール・ブールにとっては許しがたい演出であったという。

ピエール・ブールが数年後に「猿の惑星」を執筆したのは、「戦場にかける橋」の映画化で伝わらなかった経験、すなわち、西欧人にとっての奴隷であるアジア人に支配された恐怖と屈辱を、より明確かつ露骨に、もう一度世の中にアピールしたいという思いがあったからなのかも知れない。

だが「猿の惑星」が映画化される際にも、映画の脚本化によって結局大きな演出上の変更がなされ、公開当時の冷戦下における赤狩りの要素も加えられるなど、小説版とは毛色の異なる印象の作品となっている。

いずれにせよ、演出上マイルドな印象になっているとはいえ、捕虜を経験した元諜報部員が書いた小説を元にした映画であり、印象操作・プロパガンダ的な側面が根本に流れているのは否定できない。

ノンフィクションとされる「戦場にかける橋」でさえ、ピエール・ブールの偏見と怨念に基づくフィクション部分も数多い。

子供の替え歌「サル、ゴリラ、チンパンジー」の話題をネットなどで目にするたびに(その機会は少ないが)、それが無邪気に語られていればいるほど、何とも複雑な心境に陥ってしまうのは、きっと筆者だけではないはずだ(考え過ぎなのだが)。

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